父が「日本シリコーン商会」を創業したのが1951年、私が13歳の時でした。
当時は自宅兼事務所へ下校すると、自転車にシリコーンオイルをつんで配達にまわったり艶出し用のシリコーンクロスの袋詰めを手伝ったりしていました。
その頃はシリコーンに撥水性があるとか、艶出し用にいいとかの知識位でした。
シリコーンに真摯に取り組もうと思ったきっかけは、会社から出向を命じられたメーカーの工場、研究所で研修を受け実際に優れた特性を知り、その多様性が色々な職種の企業の製品向上に貢献出来ると感じた時です。
浜松の大手の染工会社から布を染める工程で染めむら(チョーキング)がでて、困っているということでシリコーンを紹介し解決して大変喜ばれたことがありました。シリコーンの表面張力を活用した一例です。新人営業マンが最初に挙げた成果で嬉しかったことを覚えています。
ところで妻との出会いもシリコーンのお客様の紹介からです。正しくシリコーンが仲人役。
そして私たちの結婚披露宴でのことです。
定石どおり両家の主賓からの祝辞から披露宴が始まり、そして宴席が盛りあがってきたところで新郎新婦の友達のスピーチです。
その中で、妻の女友人が私の生業としているシリコーンを調べてきたらしい。
新婦にこれからの新生活の心構えをそのシリコーンの特性になぞって上手に語ったことでした。その一端を披露すると
「シリコーンには優れた特性がいくつかあると聞いています。例えば繊維に処理し柔軟性を向上させるように、いつまでもお互いに柔軟な気持ちを持ち続けてほしい。
又、耐候性に強いシリコーンのように厳しい環境に負けない家庭を築いてほしい。
シリコーンの耐久性に倣い心身ともに健康で何時までもおふたり共元気で過ごしてほしい。
家庭内で泡立つことがあるときは奥様の腕のふるいどころ、シリコーンの消泡剤を思い出して冷静に対応してほしい・・・・・云々」すると会場は、拍手のあらしでした。
このスピーチに、同席していたシリコーンメーカーの面々はお株をとられてしまった。
これぞ「トンビに油揚げヲさらわれた」です。挙句の果てに「スピーチをした方は何者ですか」と聞いてくる始末。
シリコーンの様々な優れた特性がこのスピーチで、人の生きざまの糧になるということが充分出席の皆さんに分かったと思います。
よくシリコーンのことを“文明の調味料”といいますが、“人生の調味料”でもあると言ってもいいと思います。
私たち夫婦の人生は“シリコーン”に支えられ、共に歩んで来たと、今改めて感じ入っているところです。
今地球は危機に瀕しています。シリコーンはその地球からの贈り物です。
その地球にシリコーンを役立たせること、それが明るい未來へ繋がる私たちへの贈り物になると確信します。これからを担う皆さんの果敢な挑戦と考動力を心から願っています。
2022年8月 田中則行
田中 則行(たなか のりゆき)
1939年(昭和14) 生まれ。
中学生の時から、父・應孝の家業を手伝う。
1961年3月 株式会社日本シリコーン商会 入社。
1978年12月 株式会社ニッシリ 代表取締役社長に就任。